『スリー・パインズ村の不思議な事件』を読んだよ。

►2008/12/04 03:07 

スリー・パインズ村の不思議な事件 (ランダムハウス講談社 ヘ) (ランダムハウス講談社文庫)

『スリー・パインズ村の不思議な事件』
"Still Life"

著:ルイーズ・ペニー(Louise Penny)
訳:長野きよみ
発行:ランダムハウス講談社

 カナダのケベック州を舞台に繰り広げられる、アルマン・ガマシュ警部シリーズの第1弾。

 ケベック州の小さな村、スリー・パインズ ― 誰からも好かれていて非のうちどころのない老女ジェーン・ニールが、心臓に矢を射られて死んだ。この界隈では狩猟が盛んなため、ハンターによる不幸な事故かと思われたが、捜査を担当するアルマン・ガマシュ警部は、不審な点を踏まえて殺人事件として捜査する。住民たちの仲がよくて、のどかきわまりないと思われていたスリー・パインズには、ジェーンを中心とした大きな秘密が隠されていて……。

 英国推理作家協会最優秀処女長篇賞、アンソニー賞最優秀新人賞など、ルイーズ・ペニーのデビュー作である今作は、多くの新人賞を受賞しまくった。邦訳される前から、海外ミステリ・ファンのあいだでは結構センセーション的な扱いになっていたように思う。

 アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロやジェーン・マープルのシリーズ、コリン・デクスターのモース警部シリーズ、ジョルジュ・シムノンのメグレ警視シリーズ ― これらが好きな人はガマシュ警部を必ず気に入るはず、と至るところの書評で書かれている。公のレビューを鵜呑みにするような真似はしていないつもりなのだけれど、クリスティ・ファンとしての心がついつい疼いて、半信半疑になりながら手に取った『スリー・パインズ村の不思議な事件』。……いやぁ、おもしろかった。久々に、寝食を忘れて読んだ1冊だった。

 とはいっても、ポワロやマープル、メグレに似ているかと言われたら、私は別にそうは思わない。『スリー・パインズ村の不思議な事件』には、旧きよき英国系本格推理を味わっているかのような雰囲気が確かにあるけれど、容疑者側にあたる登場人物たちのバック・グラウンドも、捜査側のガマシュ警部チームの面々も、すこぶる現代的だ。ゲイのカップルが経営するB&Bが村人たちの憩いの場になっていたり、ガマシュ警部のチームに女性刑事が多い点などが、その例である。

 最も感心したのが、伏線の張りかたの緻密さ。「伏線ではない地の文」を探すのが難しいほど。改行も少なめで、全体的に文章がぎゅっとつまっている印象の長編小説なのだが、ここまで徹底した隙のないプロットを作るなんて、神業に近い。婉曲表現も計算されつくしていて、曖昧な描写だからといって、その意味が通らないような部分はない。また、殺人の方法となる弓矢の原理や種類、絵画芸術(登場人物に画家や芸術家が多いため)に対する取材力にも脱帽。

 50歳代のガマシュ警部は、「こんな上司の下で働きたい」と思わせてくれるような、好感度にあふれる人物。殺人捜査の頭脳明晰なエキスパートでありながら、「人が人を殺す」という出来事に遭うたびに、心の底から悲しみを覚える。部下を育てることに心を砕き、長年連れ添った妻を心から愛するガマシュ。「ちょっと、できすぎなキャラクター設定じゃない?」と思いたくなるが、甘いものが大好きで太目の体型をしていて、高いところが苦手という、ほほ笑ましく人間くさい面も持ち合わせている。

 舞台がケベック州というのも興味深い。フランス人が入植してからイギリスの支配を受けたこの州は、カナダで唯一、フランス語を公用語にしている。ガマシュ警部をはじめとした登場人物たちの生活もとてもフランス的で、また、フランス系住人とイギリス系住人の根深い対立といったエピソードも処々に綴られている。最もおもしろいなぁ、と思ったのは、感謝祭の描写である。フランス語を話しながら、おやつにブリオッシュを食べる「いかにもフランス人っぽい」ガマシュ警部たちが、アメリカ合衆国とカナダならではのお祭りであるサンクスギヴィング・デーを、家族と共に祝うのだ。この描写を読んだときに、「あ、そうだ。彼らはカナダの人々なんだっけ」と改めて思い出した。それくらい、ガマシュたちの生活はフランス文化に満ちているのである。

 ミステリのトリック的にも、文体的にも、キャラクター設定的にも、私には一切、欠点や不満が見えなかった。本国では続刊されているというこのシリーズ、今後の邦訳が楽しみでならない。

 巻末で、作者ルイーズ・ペニーが関係者たちに感謝を述べているのだが、とても印象的で心に沁みる一文がそこにある。「このような経験をした人だからこそ、これほどまでに緻密な心理描写を物語に組みこむことができるのだろう」と実感しないではいられなかった。

テーマ : 推理小説・ミステリー - ジャンル : 本・雑誌

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