2008年11月23日(日)
『冬そして夜』を読んだよ。

『冬そして夜』
"WINTER AND NIGHT"
著:S・J・ローザン(S.J.Rozan)
訳:直良和美
発行:創元推理文庫
ニューヨークで探偵業を営むビル・スミス&リディア・チンのハードボイルド・シリーズ第8弾。ビルとリディアが交互に語り手を務めるこのシリーズ、今作はビルの一人称である。
ある真夜中、ビルは警察署からの電話で叩き起こされた。15歳の甥ゲイリーがニューヨークの警察に保護されていて、彼を名指ししてきたというのだ。ビルは甥を自宅に連れて帰るが、「やらなくてはならないことがある」と言ったゲイリーは、ビルの目を盗んで行方をくらましてしまう。自分の妹で、ゲイリーの母でもあるヘレンを訪ねたビルは、彼らの住むニュージャージーの小さな街の暗部に直面し、リディアと共に調査を進めるにつれ、過去の醜い事件がゲイリーの失踪に関わっているのではないかと考える。また、ヘレンと会うことで、ビルは自分自身の過去とも対峙せねばならなくなり……。
心から愛していて、一生つきあっていきたい、このシリーズ。ビルとリディアの新作を手に取るたびに、私は旧友に再会して、会えなかったあいだの出来事を話してもらえたかのような幸福感と歓びに浸る。それと同時に、彼らが紡ぎ出す物語の容赦のない苦味とせつなさに、涙を流さずにはいられなくなる。
シリーズ最高傑作の呼び声も高い本作。MWA最優秀長編賞も受賞した。読み応えは充分で、今作だけを読んでも意味は通るけれど、ビルとリディアのこれまでの呼吸と、彼らの関係の変遷を知っていて読むからこそ、感慨もひとしおという気持ちになれるので、これから彼らを知りたいとお思いのかたがいらっしゃるとしたら、やはり、シリーズ1作目の『チャイナタウン』から手に取っていただきたい、とせつに思う。
さて、『冬そして夜』である。今作では、ビルの少年時代の一端が明らかになる。成人後の彼が経験した悲しく凄絶な過去に関しては、旧作で書かれていたが、今作では「ビルがなぜ、家族と疎遠になったか」が語られる。
S・J・ローザンの筆致は、相変わらず静謐で、敢えてドラマティックに走らない抑えた激しさが絶妙である。心の芯を無言で鷲づかみにされるかのような、苦味と鮮やかさにあふれた心理描写も現在。「こんな文章を書きたい。こんな物語を書けるようになりたい」と、読むたびに憧れて渇望する ― S・J・ローザンは、私にとって、そんな小説家のひとりだ。
前作の『天を映す早瀬』で、確実に絆を深めたビルとリディア。ビルの視点で綴られた『冬そして夜』では、彼がリディアを見る目・想う気持ちに、「よい意味での依存」が、これまで以上に見え隠れするようになった。ふたりは相変わらず「仕事上のパートナー」で、馴れ合いや過度のスキンシップはなく、ドライでシニカルな会話を交わしているけれど、ビルがリディアに挨拶のキスを唇にすることが増えていて、ふたりが一緒に食事をとるシーンの安らぎの度合いも深まったように思う。
ストーリィそのものは、いつものように、解消しきれない悲しみに覆われている。だが、厳然と横たわる苦悩の中に、ささやかな希望の光を確かに射すからこそ、ローザンだ。その光を気配としてだけでも捉えることができて、私は今回も安心して読了した。
さて、シリーズ1作目の『チャイナタウン』が1994年に刊行されてから、ほぼ毎年、1作ずつコンスタントにこのシリーズを書きついできたローザンだが、2002年に今作『冬そして夜』を発表して以来、ビルとリディアの長編を書いていない。公式サイトを見ると、どうやら、別のシリーズを手がけているようである。
新しいキャラクターとシリーズを生み出してくれるのは嬉しいし、邦訳が待たれることしきりだが、……次にビルとリディアに逢えるのはいつになるのだろう、という不安に苛まれるのが、ファンの勝手さ。『冬そして夜』が、「一段落した」と見てとれる内容だったからこそ、懸念に襲われずにはいられなくなる。
テーマ : 推理小説・ミステリー - ジャンル : 本・雑誌
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