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2008年11月22日(土)

『ニューヨークのとけない魔法』を読んだよ。

ニューヨークのとけない魔法 (文春文庫)

『ニューヨークのとけない魔法』
著:岡田光世
発行:文春文庫

 以前、ご紹介した、同じ著者による『ニューヨークの魔法は続く』よりも前に発行された1冊。こちらも、ニューヨークでジャーナリストをしている著者のコラム集である。

 メトロポリタン・オペラ、セントラルパーク、五番街、ベーグル、ダコタハウス、タクシードライバー ― 「ニューヨーク」という言葉から多くの人が連想するたぐいの事柄がコラムのタイトルには並んでいるが、そこに書かれているテキストは、「ニューヨークの観光案内」でも、「大都会ニューヨークのリポート」でもない。著者が描くのは、そこにいる「人」。ごく普通の人々、ごくあたまりまえの日常、言うなれば、「ニューヨーカーの呼吸」だ。

 この本を読んで私が最も驚いたのが、「見知らぬ人」と、そのとき限りの言葉を交わす機会の多さである。著者によれば、それがニューヨーカーの特徴のひとつであり、この街に暮らすことの最たる魅力のひとつでもあるようだ。そういった「一期一会」を、著者は心の宝石のように記憶にとどめ、文章に綴っている。それを読ませてもらえることが、私にはとても嬉しく、興味深かった。

 ただ、同時に思ったのは、「こういった数々の出会いを、自分が体験したとしても、私はそれを受け入れることのできる性格ではないな」ということだ。

 人との出会いが嫌というわけではない。一期一会を尊く思っていないわけでもない。ただ、見知らぬ人にいきなり話しかけられることや、その会話を咄嗟に歓迎できる「心臓の強さ」が、自分にはない。臆病なそういう自分を卑下していた頃もあったのだが、今の私は違う。「自分はそれでよいし、そのほうが生きやすい」と思っている。

 しかし、本書を読みながら、温かく思い出したこともあった。旅行でマンハッタンを訪れたときに、朝食を買ったデリの外で携帯灰皿を手に煙草を吸っていたら(ニューヨークで路上喫煙が禁止される前の時代である)、出勤途中と思われる中年の黒人女性が、私に向かって、「その灰皿、いいじゃない」と笑顔で言って通りすぎていったのだ。彼女は足を止めなかったから、私は"Thank you."と伝えることもできなかった。

 蘇った記憶が、もうひとつ。こちらは東京での出来事で、大学受験の予備校にかよっていたときのことである。夜、予備校の自習室が閉まると、私は毎日、その近くのファースト・フード店で終電まで勉強をしていた。ある日、いつものようにマクドナルドのカウンターでコーヒーを注文したら、オーダーを受けたアルバイトの女の子が、私の首を見てにっこりと、「そのペンダント、素敵」と言ったのだ。初めて見る顔の店員だった。そのとき、私が首にしていたのは、ブルーのプラスティックにつや消しのゴールドがあしらわれたペンダント・ヘッド。突然のことに、「ありがとうございます」というのがやっとだった私に、彼女はなにごともなかったかのようにコーヒーを差し出してきた。10年以上も前の出来事だが、私はそのペンダント・ヘッドを、今でも捨てられずにとってある。年齢的にも、このアクセサリーに伴うさまざまな思い出の問題からしても、私がこれを身につけることは二度とない、とわかっているにもかかわらず。

 本の感想からは、ずいぶんと脱線してしまったが、本書『ニューヨークのとけない魔法』は、「時間にしてみれば一瞬・いっとき・1日のことでしかなかったのに、心に残り続ける出会い」が、たくさんつまっている。必ずしも幸福感を漂わせる出会いばかりではない。しかし、だからこそ、「人は生きている」ということなのだろう。どの場所で、どのように生活をしていても、決して避けて通れないせつなさや淋しさ、悲しみがある。著者はそこから目を逸らさずに、ありのままを綴っている。装飾的だったり、雅語的だったりするテキストは、一切ない。「希望」を強引に導き出そうともしない。それは著者が悲観的だという意味ではなくて、彼女が出会ってきた人々と、その記憶を、真摯かつ誠実に受けとめている証のように思われる。 

テーマ : 読んだ本。 - ジャンル : 本・雑誌

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