『まぼろしの邪馬台国』を観たよ。
2008-11-14(Fri)
吉永小百合が圧巻。彼女が演じてなかったら、あの関係は「愛」に見えなかったかもしれない。
『まぼろしの邪馬台国』
2008年・日本・118分
監督:堤幸彦
脚本:大石静
原案:宮崎康平
音楽:大島ミチル
出演:吉永小百合 竹中直人 由紀さおり 窪塚洋介 大杉漣
江守徹 余貴美子 柳原可奈子 風間トオル 石橋蓮司 他
昭和30年代の島原 ― 福岡から島原にやって来た和子(吉永小百合)は、島原鉄道でバス・ガールの教育係をすることになった。盲目のワンマン社長の康平(竹中直人)は、郷土史家でもあって、邪馬台国にロマンをいだいている。破天荒でわがままな康平は、周囲をいつも困らせる存在だが、彼の一本気な部分に惹かれた和子は、やがて、彼の伴侶となる。かくして、和子と康平は、「邪馬台国の追究」をライフ・ワークにするようになり……。
実在の宮崎康平・和子夫妻をモデルにしたフィクションだという。「架空の部分は、かなり多いのだろうな」と思われるキャラクター設定であり、物語でもあった。
小説を読むときに「行間を読む」ということをするが、映画を観る場合にも、作品によっては、「間(ま)や、台詞をヒントに、自分なりの想像・深読みをする」というときがある。
しかし、今作『まぼろしの邪馬台国』は、「間(ま)を読む必要」が微塵もないほど、演出や台詞に「隙間がない」。この手の、「観る側の想像力が、ほとんどいらないドラマ映画」は、私はあまり得意ではないのだけれど、今作は窮屈に感じないで観ることができた。そういえば、『自虐の詩』や『20世紀少年』をとても楽しく観たから、私は堤幸彦監督の作風と相性がよいのかもしれない。
『まぼろしの邪馬台国』で竹中直人が演じた康平は、とてもわがままで、妻に逃げられてふたりの幼子を抱える寡(やもめ)。そして、盲目。和子が彼のもとにいたいと思ったのは、「同情」から始まったのではないかと、つい考えたくなる。
だが、「吉永小百合が演じている和子」を見ていると、「同情じゃないな。これも、確乎たる『愛』なんだ」と、納得させられてしまう。
この映画は、とにかく、「吉永小百合の、凄まじいまでに巧い演技力」で成り立っている。
今作を観ながら、私は要所要所で泣いてしまったのだけれど、そこで演じていたのが吉永小百合でなかったら、もらい泣きなんて、まったくしなかったことだろう。
日本を代表する大女優の彼女について、私はほとんど知らない。出演作も、あまり観ていない。
吉永小百合という人に免疫も知識もなかったことが、よい方向に作用したのもあるのかもしれないが、今作を観て、私は、ただただ、「こんなに巧い女優さんが日本にいたのか!?」と、圧倒されるばかりだった。
竹中直人のキャラクターの強さが、今作にとってプラスになっていたのかどうか。……正直なところ、私は、そうとは思えなかった。
また、全体的に演出がくどくて過剰なので、そういう部分にひいてしまう観客も、多かったのではないかと思う。ストーリィも、最後の最後までベタである。
そういう「濃さ」は、エンターテインメントとしては「ありだな」と思えるのだけれど、人間ドラマ映画としては、些か、「やりすぎ」の感が強かった。
しかし、そういった点もどうでもよくなるくらい、吉永小百合がとにかく素晴らしくて、私はもう、その圧倒的に巧い演技を見ることができただけで、大満足だ。
観た日:2008年11月11日(火)@渋谷TOEI1
お気が向かれたら →

↓参考↓
まぼろしの邪馬台国@映画生活
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『まぼろしの邪馬台国』
2008年・日本・118分
監督:堤幸彦
脚本:大石静
原案:宮崎康平
音楽:大島ミチル
出演:吉永小百合 竹中直人 由紀さおり 窪塚洋介 大杉漣
江守徹 余貴美子 柳原可奈子 風間トオル 石橋蓮司 他
昭和30年代の島原 ― 福岡から島原にやって来た和子(吉永小百合)は、島原鉄道でバス・ガールの教育係をすることになった。盲目のワンマン社長の康平(竹中直人)は、郷土史家でもあって、邪馬台国にロマンをいだいている。破天荒でわがままな康平は、周囲をいつも困らせる存在だが、彼の一本気な部分に惹かれた和子は、やがて、彼の伴侶となる。かくして、和子と康平は、「邪馬台国の追究」をライフ・ワークにするようになり……。
実在の宮崎康平・和子夫妻をモデルにしたフィクションだという。「架空の部分は、かなり多いのだろうな」と思われるキャラクター設定であり、物語でもあった。
小説を読むときに「行間を読む」ということをするが、映画を観る場合にも、作品によっては、「間(ま)や、台詞をヒントに、自分なりの想像・深読みをする」というときがある。
しかし、今作『まぼろしの邪馬台国』は、「間(ま)を読む必要」が微塵もないほど、演出や台詞に「隙間がない」。この手の、「観る側の想像力が、ほとんどいらないドラマ映画」は、私はあまり得意ではないのだけれど、今作は窮屈に感じないで観ることができた。そういえば、『自虐の詩』や『20世紀少年』をとても楽しく観たから、私は堤幸彦監督の作風と相性がよいのかもしれない。
『まぼろしの邪馬台国』で竹中直人が演じた康平は、とてもわがままで、妻に逃げられてふたりの幼子を抱える寡(やもめ)。そして、盲目。和子が彼のもとにいたいと思ったのは、「同情」から始まったのではないかと、つい考えたくなる。
だが、「吉永小百合が演じている和子」を見ていると、「同情じゃないな。これも、確乎たる『愛』なんだ」と、納得させられてしまう。
この映画は、とにかく、「吉永小百合の、凄まじいまでに巧い演技力」で成り立っている。
今作を観ながら、私は要所要所で泣いてしまったのだけれど、そこで演じていたのが吉永小百合でなかったら、もらい泣きなんて、まったくしなかったことだろう。
日本を代表する大女優の彼女について、私はほとんど知らない。出演作も、あまり観ていない。
吉永小百合という人に免疫も知識もなかったことが、よい方向に作用したのもあるのかもしれないが、今作を観て、私は、ただただ、「こんなに巧い女優さんが日本にいたのか!?」と、圧倒されるばかりだった。
竹中直人のキャラクターの強さが、今作にとってプラスになっていたのかどうか。……正直なところ、私は、そうとは思えなかった。
また、全体的に演出がくどくて過剰なので、そういう部分にひいてしまう観客も、多かったのではないかと思う。ストーリィも、最後の最後までベタである。
そういう「濃さ」は、エンターテインメントとしては「ありだな」と思えるのだけれど、人間ドラマ映画としては、些か、「やりすぎ」の感が強かった。
しかし、そういった点もどうでもよくなるくらい、吉永小百合がとにかく素晴らしくて、私はもう、その圧倒的に巧い演技を見ることができただけで、大満足だ。
観た日:2008年11月11日(火)@渋谷TOEI1
お気が向かれたら →
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