ごはんの支度をしながら、気の合う映画を想うのが好き。字書き屋・香ん乃がお贈りする、インフォメーション・シネマ感想文・雑記など。
2006/08/19 21:49 『素顔の私を見つめて…』を観たよ。
エリートの彼女たちでもそんなに悩むのなら、……ごく普通の仕事をしている一般人のビアンは、どうしたらよいというのだろう。
『素顔の私を見つめて…』
原題:"SAVING FACE"
参考:素顔の私を見つめて...@映画生活
2004年・アメリカ・97分・日本劇場未公開
監督:アリス・ウー
製作:ウィル・スミス ジェームズ・ラシター 他
製作総指揮:ロビン・オハラ スコット・マコーリー 他
音楽:アントン・サンコー
出演:ミシェル・クルージ リン・チェン ジョアン・チェン 他
ニューヨークはマンハッタンで、将来を嘱望された医者として働く中国人のウィル(ミシェル・クルージ)には、一族 ― 殊に母親のホイラン(ジョアン・チェン) ― に決して打ち明けられない秘密があった。ウィルはレズビアンなのである。一方、シングル・マザーとしてウィルを育ててきたホイランが、周囲に驚かれる年齢の今、妊娠する。しかし、お腹の子の父親が誰なのか、ホイランは頑なに明かさないのだった。そんな頃、ニューヨーク・シティ・バレエのプリマ・バレリーナであるヴィヴィアン(リン・チェン)に出逢ったウィルは、瞬く間に恋に落ち……。
「ゲイ」というと、男性同士の恋愛を指すことが日本では多いが、本来、「ゲイ」という単語は性別を特定しない。つまり、いわゆる「レズビアン」も「ゲイ」なのだ。まあ、それは置いておいて……、「男性同士のゲイ」を扱った映画や創作物はずいぶんと増えてきており、たとえエンターテインメントであろうと、同性愛者が社会的に注目されるのは嬉しいと思うのだが、女性同士のゲイ ― レズビアンを扱った映画や創作物は、いまだに少ないと言わざるをえないのが残念なところである。はっきり言ってしまえば、似非ビアン物のAVは山ほど売られているけれど、そういう物の話をしたいわけでは、私は全然ない。
「主要登場人物のひとりとして、ビアンやバイ・セクシュアルの女性が登場する映画」ならたくさん思いつくのだけれど、「ビアンが主人公になっている映画」となると、咄嗟に数が出てこない。意識的に観ているつもりでも、だ。お勧めしたい内容を持ち合わせている作品となると、余計に出てこない。『翼をください』
と『ウーマン・ラブ・ウーマン』
くらいである。加えて、ビアンを扱った映画には「若気の至り系」や「好色系」や「壮絶系」が多い。そういった作品にも見応えのある物はもちろん存在するけれど、どうせなら、「等身大のレズビアン」を描いた作品を観たい、と私は常に思っている。……前置きが長くなってしまったけれど、今作『素顔の私を見つめて…』は、願ってもないそんな「等身大のビアン」の物語なのだろうな、と期待して観た。
「世界一の大都市・ニューヨークはマンハッタンで働くエリート医師と有名ダンサーが繰り広げるラヴ・ストーリィ」が、等身大であるのなら。
……等身大であるわけがないよな。
彼女たちは悩む。家族や周囲にカム・アウトするべきか否かを。自分たちふたりの意見や生活の食い違いを、どう修正すれば関係が続いていくのかどうかを。今作の主人公であるウィルとヴィヴィアンのそういった悩みは、どうしようもないくらい現実的だ。そして、リアリティに満ちたそんな事実を前にして、彼女たちは動揺や失敗や諍いを繰り返す。とても普通で自然なことといえるだろう。しかし、そんなふたりは「エリート医師」と「トップ・ダンサー」なのである。ひがみを隠さずに言うけれど、私などの目から見たら「殿上人」にも等しい存在だ。
医者やトップ・ダンサーでもあれほどまでに苦悩するのなら、将来の保障すら危ういような、しがない職業に就いているマイノリティは、いったいどうしたらよいのだろう、と……、観終えたあと、しばらく考え込まずにはいられなかった。
ドラマ映画としては、特長も特徴もろくに見受けられない物語である。ジョアン・チェンのような有名女優が出演しているのが不思議なくらいに。ひねりのないストーリィがたどりつくのは、予想をたやすくつけやすい意外性のないラスト。ニューヨークかぶれの私にとって重要な「ニューヨークの街並みと雰囲気を堪能できる度」は、そこそこ。
ところで、中国系母娘であるウィルとホイランを観ていて、ふと思い出したのが、S・J・ローザンが書くミステリ小説の「ビル・スミス&リディア・チン」シリーズで描かれている、リディアと母親の関係だった。マンハッタンのチャイナ・タウンに住むリディアと母は、大都市・ニューヨークに暮らしていることをときおり読者に忘れさせてしまうくらい、中国ならではの生活や会話を展開する。ウィルとホイランもまさにそんな様子だったから、大好きなリディアを思い出して、あのシリーズの続きが早く読みたいという思いが強まってしまった。
観た日:2006年6月27日(火)@自宅にてDVD

観た作品
『素顔の私を見つめて…』
原題:"SAVING FACE"
参考:素顔の私を見つめて...@映画生活
2004年・アメリカ・97分・日本劇場未公開
監督:アリス・ウー
製作:ウィル・スミス ジェームズ・ラシター 他
製作総指揮:ロビン・オハラ スコット・マコーリー 他
音楽:アントン・サンコー
出演:ミシェル・クルージ リン・チェン ジョアン・チェン 他
ニューヨークはマンハッタンで、将来を嘱望された医者として働く中国人のウィル(ミシェル・クルージ)には、一族 ― 殊に母親のホイラン(ジョアン・チェン) ― に決して打ち明けられない秘密があった。ウィルはレズビアンなのである。一方、シングル・マザーとしてウィルを育ててきたホイランが、周囲に驚かれる年齢の今、妊娠する。しかし、お腹の子の父親が誰なのか、ホイランは頑なに明かさないのだった。そんな頃、ニューヨーク・シティ・バレエのプリマ・バレリーナであるヴィヴィアン(リン・チェン)に出逢ったウィルは、瞬く間に恋に落ち……。
「ゲイ」というと、男性同士の恋愛を指すことが日本では多いが、本来、「ゲイ」という単語は性別を特定しない。つまり、いわゆる「レズビアン」も「ゲイ」なのだ。まあ、それは置いておいて……、「男性同士のゲイ」を扱った映画や創作物はずいぶんと増えてきており、たとえエンターテインメントであろうと、同性愛者が社会的に注目されるのは嬉しいと思うのだが、女性同士のゲイ ― レズビアンを扱った映画や創作物は、いまだに少ないと言わざるをえないのが残念なところである。はっきり言ってしまえば、似非ビアン物のAVは山ほど売られているけれど、そういう物の話をしたいわけでは、私は全然ない。
「主要登場人物のひとりとして、ビアンやバイ・セクシュアルの女性が登場する映画」ならたくさん思いつくのだけれど、「ビアンが主人公になっている映画」となると、咄嗟に数が出てこない。意識的に観ているつもりでも、だ。お勧めしたい内容を持ち合わせている作品となると、余計に出てこない。『翼をください』
「世界一の大都市・ニューヨークはマンハッタンで働くエリート医師と有名ダンサーが繰り広げるラヴ・ストーリィ」が、等身大であるのなら。
……等身大であるわけがないよな。
彼女たちは悩む。家族や周囲にカム・アウトするべきか否かを。自分たちふたりの意見や生活の食い違いを、どう修正すれば関係が続いていくのかどうかを。今作の主人公であるウィルとヴィヴィアンのそういった悩みは、どうしようもないくらい現実的だ。そして、リアリティに満ちたそんな事実を前にして、彼女たちは動揺や失敗や諍いを繰り返す。とても普通で自然なことといえるだろう。しかし、そんなふたりは「エリート医師」と「トップ・ダンサー」なのである。ひがみを隠さずに言うけれど、私などの目から見たら「殿上人」にも等しい存在だ。
医者やトップ・ダンサーでもあれほどまでに苦悩するのなら、将来の保障すら危ういような、しがない職業に就いているマイノリティは、いったいどうしたらよいのだろう、と……、観終えたあと、しばらく考え込まずにはいられなかった。
ドラマ映画としては、特長も特徴もろくに見受けられない物語である。ジョアン・チェンのような有名女優が出演しているのが不思議なくらいに。ひねりのないストーリィがたどりつくのは、予想をたやすくつけやすい意外性のないラスト。ニューヨークかぶれの私にとって重要な「ニューヨークの街並みと雰囲気を堪能できる度」は、そこそこ。
ところで、中国系母娘であるウィルとホイランを観ていて、ふと思い出したのが、S・J・ローザンが書くミステリ小説の「ビル・スミス&リディア・チン」シリーズで描かれている、リディアと母親の関係だった。マンハッタンのチャイナ・タウンに住むリディアと母は、大都市・ニューヨークに暮らしていることをときおり読者に忘れさせてしまうくらい、中国ならではの生活や会話を展開する。ウィルとホイランもまさにそんな様子だったから、大好きなリディアを思い出して、あのシリーズの続きが早く読みたいという思いが強まってしまった。
観た日:2006年6月27日(火)@自宅にてDVD

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