ごはんの支度をしながら、気の合う映画を想うのが好き。字書き屋・香ん乃がお贈りする、インフォメーション・シネマ感想文・雑記など。
2006/08/05 16:53 『愛と死の間で』を観たよ。
「愛する女の心臓が、別の女に移植されて云々」と聞けば、即、北条司先生の『エンジェル・ハート』を思い出して心が怒りで煮えくり返ってしまう、かつて『シティーハンター』同人屋だった私。……まあ、それは置いといて。
『愛と死の間で』
原題:"再説一次我愛処ン"
英題:"ALL ABOUT LOVE"
参考:愛と死の間で@映画生活 愛と死の間で-シネマトゥデイ
2005年・香港・102分
監督・製作・脚本:ダニエル・ユー
共同監督・脚本:リー・コンロッ
製作総指揮・主題歌・出演:アンディ・ラウ
撮影:ジェイソン・クワン
音楽:ジャッキー・チャン マルコ・ワン
出演:チャーリー・ヤン シャーリーン・チョイ 他
エリート医師として将来を嘱望されていたコウ(アンディ・ラウ)は、妻のチーチン(シャーリーン・チョイ)を心から愛しているが、多忙のためになかなか妻と過ごす時間が取れない。ある日、チーチンは交通事故で突然還らぬ人となってしまう。彼女を失った衝撃から立ち直れないコウは、単調で無味乾燥の日々を送るようになるのだった。数年後、コウはユンサム(チャーリー・ヤン)という女に出逢い、強烈に惹かれる。実は、ユンサムの心臓は亡きチーチンがドナーとして提供したものだったのである。しかし、ユンサムの体で動くチーチンの心臓も、ほどなく鼓動を止めようとしていた。また、ユンサムには、コウと瓜ふたつのデレク(アンディ・ラウ)という夫がいて……。
↑に書いたあらすじをお読みになって、「なんだよ、これ?」と思われたかた、結構いらっしゃると思う。私も思った。この世の中、なにがあるかわからないからさ、「絶対ありえない設定だよ」とは必ずしも言い切れないけれど、「自分の最愛の人が心臓を提供した相手に、偶然出逢った」までは百歩譲ってよいとしても、「その相手の配偶者は自分と同じ顔をしていた」っていうのは……、無理がありすぎるんじゃないのかね。
まあ、たとえ無理がある設定だとしても、フィクションの映画なんだし、内容が充実していればいいんだけどさ、この物語、リアリティがありそうで全然なくて、ついでに言えば説得力もなくて、シンクロも共感も感動も一切できないまま、なんとなくエンド・ロールを迎えてしまった。
なぜリアリティが漂ってこないのか。その理由はふたつ。
まずひとつめに、「人物が少ない」という点。主人公が医師で、ヒロインが心臓を患っているわけだから、この映画のシーンは当然のごとくなにかと病院にて展開される。しかし、その病院に人が少ない。だだっ広くて異様なまでに清潔な病院なのに、スタッフもほかの患者も極端にいない。とにかく人影が希薄。不自然なほど閑散とした病院内にて、ごく限られた頭数だけで、台詞がやり取りされている。主人公とヒロインを際立たせるための意図的な演出なのだろうとは思うけれど、「そんなわけないじゃん」という印象を受けた時点で、嘘っぽく見えすぎてしまって、まったく感情移入できなくなった。
ふたつめの理由は、「綺麗すぎる」という点。綺麗なのが悪いというわけではない。私だって、綺麗な映画は好きだ。というか、綺麗な映画こそ好きだ。不潔っぽさが目に見える映画には、それだけで嫌悪感を覚えてしまうくらい(例:『スクラップ・ヘブン』)。ただ、この作品は度を越して綺麗すぎる。前述したように、まず病院の描きかたが潔癖だし、主人公を演じたアンディ・ラウとヒロインのチャーリー・ヤンの顔やプロポーションが人間離れ系の整いっぷりだし、そんな彼らの自宅が塵ひとつないほど整理整頓されている上に、スタイリッシュでお洒落で豪奢で洗練されすぎている。……そう、ここまでなにもかも綺麗だと、「生活感」や「人間臭さ」が漂ってこないのだ。「そのハイ・レヴェルなライフ・スタイルを維持する金銭を、どうやって稼いでいるの? トイレや排水溝を掃除する、なんていう嫌な雑事、あなたたちの日常にあるの?」と、皮肉混じりに訊きたくなってしまった。どんなに切ない悲恋だろうが、そういった生々しい要素が匂わない物語に入り込むことは、私にはできない。恋愛映画における「綺麗」の塩梅って難しいんだろうね。「綺麗」が過剰だと雰囲気の現実味が乏しくなって、「綺麗」が足りないとラヴ・ロマンスの美しさが損なわれてしまうわけだから。
そんなこんなで、手応えは限りなくゼロに近い作品だった。アンディ・ラウの麗しさは常に堪能できるような映画なので、彼のファンなら視覚的に嬉しい映像なのかもしれないけれど。
だけど、ひとつだけ「あ、ちょっといいな」と感じた部分がある。主人公のコウが、ひとつの変化をきっかけに、ある食べ物を口にするシーンだ。ネタバレは避けたいので、抽象的な書きかたになってしまって申し訳ないが、「『食べること』は『前向きに生きること』につながるんだ」と優しく、かつ、わかりやすく教えてもらえたような気がして、ほんのりと嬉しい思いがした。
試写日:2006年8月3日(木)@ブロード・メディアスタジオ株式会社試写室

『愛と死の間で』
原題:"再説一次我愛処ン"
英題:"ALL ABOUT LOVE"
参考:愛と死の間で@映画生活 愛と死の間で-シネマトゥデイ
2005年・香港・102分
監督・製作・脚本:ダニエル・ユー
共同監督・脚本:リー・コンロッ
製作総指揮・主題歌・出演:アンディ・ラウ
撮影:ジェイソン・クワン
音楽:ジャッキー・チャン マルコ・ワン
出演:チャーリー・ヤン シャーリーン・チョイ 他
エリート医師として将来を嘱望されていたコウ(アンディ・ラウ)は、妻のチーチン(シャーリーン・チョイ)を心から愛しているが、多忙のためになかなか妻と過ごす時間が取れない。ある日、チーチンは交通事故で突然還らぬ人となってしまう。彼女を失った衝撃から立ち直れないコウは、単調で無味乾燥の日々を送るようになるのだった。数年後、コウはユンサム(チャーリー・ヤン)という女に出逢い、強烈に惹かれる。実は、ユンサムの心臓は亡きチーチンがドナーとして提供したものだったのである。しかし、ユンサムの体で動くチーチンの心臓も、ほどなく鼓動を止めようとしていた。また、ユンサムには、コウと瓜ふたつのデレク(アンディ・ラウ)という夫がいて……。
↑に書いたあらすじをお読みになって、「なんだよ、これ?」と思われたかた、結構いらっしゃると思う。私も思った。この世の中、なにがあるかわからないからさ、「絶対ありえない設定だよ」とは必ずしも言い切れないけれど、「自分の最愛の人が心臓を提供した相手に、偶然出逢った」までは百歩譲ってよいとしても、「その相手の配偶者は自分と同じ顔をしていた」っていうのは……、無理がありすぎるんじゃないのかね。
まあ、たとえ無理がある設定だとしても、フィクションの映画なんだし、内容が充実していればいいんだけどさ、この物語、リアリティがありそうで全然なくて、ついでに言えば説得力もなくて、シンクロも共感も感動も一切できないまま、なんとなくエンド・ロールを迎えてしまった。
なぜリアリティが漂ってこないのか。その理由はふたつ。
まずひとつめに、「人物が少ない」という点。主人公が医師で、ヒロインが心臓を患っているわけだから、この映画のシーンは当然のごとくなにかと病院にて展開される。しかし、その病院に人が少ない。だだっ広くて異様なまでに清潔な病院なのに、スタッフもほかの患者も極端にいない。とにかく人影が希薄。不自然なほど閑散とした病院内にて、ごく限られた頭数だけで、台詞がやり取りされている。主人公とヒロインを際立たせるための意図的な演出なのだろうとは思うけれど、「そんなわけないじゃん」という印象を受けた時点で、嘘っぽく見えすぎてしまって、まったく感情移入できなくなった。
ふたつめの理由は、「綺麗すぎる」という点。綺麗なのが悪いというわけではない。私だって、綺麗な映画は好きだ。というか、綺麗な映画こそ好きだ。不潔っぽさが目に見える映画には、それだけで嫌悪感を覚えてしまうくらい(例:『スクラップ・ヘブン』)。ただ、この作品は度を越して綺麗すぎる。前述したように、まず病院の描きかたが潔癖だし、主人公を演じたアンディ・ラウとヒロインのチャーリー・ヤンの顔やプロポーションが人間離れ系の整いっぷりだし、そんな彼らの自宅が塵ひとつないほど整理整頓されている上に、スタイリッシュでお洒落で豪奢で洗練されすぎている。……そう、ここまでなにもかも綺麗だと、「生活感」や「人間臭さ」が漂ってこないのだ。「そのハイ・レヴェルなライフ・スタイルを維持する金銭を、どうやって稼いでいるの? トイレや排水溝を掃除する、なんていう嫌な雑事、あなたたちの日常にあるの?」と、皮肉混じりに訊きたくなってしまった。どんなに切ない悲恋だろうが、そういった生々しい要素が匂わない物語に入り込むことは、私にはできない。恋愛映画における「綺麗」の塩梅って難しいんだろうね。「綺麗」が過剰だと雰囲気の現実味が乏しくなって、「綺麗」が足りないとラヴ・ロマンスの美しさが損なわれてしまうわけだから。
そんなこんなで、手応えは限りなくゼロに近い作品だった。アンディ・ラウの麗しさは常に堪能できるような映画なので、彼のファンなら視覚的に嬉しい映像なのかもしれないけれど。
だけど、ひとつだけ「あ、ちょっといいな」と感じた部分がある。主人公のコウが、ひとつの変化をきっかけに、ある食べ物を口にするシーンだ。ネタバレは避けたいので、抽象的な書きかたになってしまって申し訳ないが、「『食べること』は『前向きに生きること』につながるんだ」と優しく、かつ、わかりやすく教えてもらえたような気がして、ほんのりと嬉しい思いがした。
試写日:2006年8月3日(木)@ブロード・メディアスタジオ株式会社試写室

2006/08/05 15:07 指定型バトン:【映画】
〔新・かめ日記〕の新亀新吉さんから、お題指定のバトンがリバースされてきました。新吉さん、どうもありがとうございます〜m(_ _)m♪
★指定型バトンのルール★
→まわしてくれた人からもらった【指定】を【 】の中にいれて答えること。
指定お題:映画
回答は↓《続き》↓にて(^^)
★指定型バトンのルール★
→まわしてくれた人からもらった【指定】を【 】の中にいれて答えること。
指定お題:映画
回答は↓《続き》↓にて(^^)
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