「オリジナルJUNE」の入門編を見せられたみたいな感じ。
『ブロークバック・マウンテン』原題:
"BROKEBACK MOUNTAIN"参考:
ブロークバック・マウンテン@映画生活2005年・アメリカ・134分
監督:アン・リー
製作・脚本:ダイアナ・オサナ
製作:ジェームズ・シェイマス
製作総指揮・脚本:ラリー・マクマートリー
製作総指揮:ウィリアム・ポーラッド マイケル・コスティファン 他
原作:アニー・プルー
撮影:ロドリゴ・プリエト
音楽:グスターボ・サンタオラヤ
出演:ヒース・レジャー ジェイク・ギレンホール
ミシェル・ウィリアムズ アン・ハサウェイ 他
1960年代の、アメリカはワイオミング州。羊を追う季節労働者同士として出逢ったカウボーイのイニス(ヒース・レジャー)とジャック(ジェイク・ギレンホール)は、ブロークバック・マウンテンで共に働くうちに、一線を越えてしまう。しかし、その仕事が終わってそれぞれが暮らす場所へ帰ったのち、イニスはアルマ(ミッシェル・ウィリアムズ)と結婚し、ジャックはラリーン(アン・ハサウェイ)という金持ちの娘とつきあい、平凡で平穏な生活を送っていくかに見えた。だが、恋愛感情として互いを求め合う気持ちを消せないイニスとジャックは、所帯を持ったあともブロークバック・マウンテンで逢瀬を続け……。
敢えて腐女子的思考で、ネタばれもまあまあ含めてしゃべっていくので、それでもOKのかたのみ、↓《続き》↓へお進みくださいね。
《続き》
「同性愛を扱った映画」ではなくて、「ボーイズ・ラブ」というか、「耽美派オリジナルJUNE」にしか見えなかった。それが悪いというわけではない。ただ、なぜJUNEに見えるのか、その理由は明らか。「『女性の作者』が考えそうな、耽美で綺麗でステレオ・タイプのJUNE的要素」がたっぷりつまってるんだもの。どういう点がそうなのか、せっかくなので羅列。
1:攻(タチ)のイニスが真性ゲイではなく元々はノンケであり、「彼が好きになった相手が『たまたま』男だった」という点。おまけに、攻、体格がよい。
2:受(ネコ)のジャックが、典型的な「誘い受」である点。体格は、攻に比べると小柄。
3:ジャックが女を抱くのはまあ許せても、彼が「自分以外の男」と寝るのは許せないと、イニスが考えてしまう点。←攻ってこうだよね。
4:イニスは妻と離婚するが、ジャックは妻と離婚しない点。←攻は、心だけでなく「状況」も受に対して一途でなくちゃね。
5:ジャックの死後、彼の遺品を傍らにおいて、彼への愛だけを胸に、イニスが(どうやら)孤独に生きていく点。←別れた場合、攻はその後も受への想いをひきずって貫いていかなくてはならん、と私の好みが告げてくる。受は必ずしもそうである必要はないと思うけど。
6:「行為」が、「男同士でも体に負担をかけることなくできそう」に描かれている点。それも綺麗に。←ファンタジーだよ。
……こういったとこでしょうかね。
正直なところ、シリアスやおい同人家をやってると、この映画で描かれた物語のような設定だの展開だの想像だの妄想だのを試行錯誤して練りに練って繰り広げて萌えて唸って落ち込んでまた考え直して……、なんていうことを、毎日毎日四六時中脳内でやってるようなもんだから、日常の個人的思考や、同人仲間とのおしゃべりの延長が、なんとなーくスクリーンで展開されていた、っていうくらいの印象しか残らなかった。でもって、私の好みからすると、この映画における登場人物たちの不器用な苦悩・家族や周囲との軋轢・彼らに起こる事件の度合い、そういった要素すべてが、ちょっとあっさりしすぎていて、スウィートの意味で甘い。もっと重くてドロドロに泥沼で、「救いようがない」ってあきらめたくなる寸前くらいまでビターな状態へ持っていった上で、ほんのちょっとだけ希望を持たせる(でも、あからさまにではなくて)、っていうようなJUNE的物語のほうが、私は好物なので。まあ、私の好みなんてどうだっていいんだけどさ。
ただ、同性愛者を扱った映画が、こうして大々的に注目されたこと自体は、とても嬉しい。興味本位やミーハー的ノリで騒がれるのだとしても、無視されずに意識してもらえるということは、それだけでかなり心強いものであるはずだから。
イニスの妻・アルマはかわいそうだったね。なぜって、イニスはアルマへの罪悪感が薄いんだもの。いや、実際には感じていたのかもしれないけれど、寡黙で感情をあまり表に出さないイニスだから、妻にはまったく伝わらなかったと思う。加えて、まあ、これは観ている側の問題だけど、この映画を好意的に観る人の多くは、主人公のジャックとイニスに感情移入すると思われる。ふたりの恋路のせつなさに胸を痛める。でも、ちょっと落ち着いて考えてみたら、彼らは不倫しているだけと言えなくもないのだ。相手が異性だろうが同性だろうが、既婚者が配偶者以外の人間と通じたら不倫だ。もう完全に不倫だ。不倫がすべて悪いとは必ずしも思わないけど、作中、アルマを蔑ろにしていくイニスに、私はもう腹が立って腹が立ってたまらなかった。もしイニスがここで、妻を裏切っている自身の苦悩や、妻を裏切ってでも愛したい人がいるという葛藤を、もっと表出してくれていたとしたら、私はもう少し彼に対して寛大になれたかもしれない。
イニスとアルマという夫婦の関係が崩壊していく過程の描きかたは、とても秀逸だったと思う。当初は、外出するときに妻へキスをしていたイニスが、ジャックと出かけるようになってくると、「お義理のキスすら、妻にしてる暇なんかない」というくらいの慌てた浮かれっぷりでばたばたと自宅をあとにするようになる。そんなふうにして取り残されたアルマの静かな憤りと絶望の表情、すばらしいリアリズムだったんだよね。演じたミシェル・ウィリアムズ、天晴れだった。
イニスとアルマに比べると、ジャックとラリーンの夫婦にはもう少し穏やかさがある。ラリーンも絶対にジャックとイニスの関係には気づいていたと思うんだ。ラスト近くで、ジャックの訃報を知ったイニスがラリーンと電話で話すシーンがあるのだけれども、その通話をしている最中のラリーンの態度と表情が、「……知ってたのよ、ずっとね」って無言に語っていたもの。ラリーンを演じたアン・ハサウェイ、このシーンが白眉だったと思う。頬や唇のかすかな震えかたや、毅然さのまといかたに、「妻」の意地が強烈ににじんでいた。アルマに比べると、ラリーンのほうが夫とその真実に対して余裕を持っていたよね。でも、その余裕って、裕福で金銭的不安がない状況がもたらす、贅沢で恵まれているお嬢さまの余裕でしかないんだ、実は。たとえ夫に裏切られたり捨てられたりしたとしても、ラリーンは生活が苦しくなりもしなければ、路頭に迷うこともない。こういった点が、アルマと決定的に違うところ。だからこそ、アルマはかわいそうだったわけだ。イニスに罪悪感が見えないから、余計に。
アルマに罪悪感を感じなかった、あるいは、感じていたとしても表出して対処することができなかった、そういう性格のイニスに、ジャックと幸せになることができるわけなかったんだよ。だって、妻に罪悪感を覚えずに不倫できちゃうような男なら、愛人の心を真に思いやってあげることだって絶対にできないし、また、不器用ゆえに欲求を上手にコントロールできない人ならば、常にすべてが「手遅れ」になって後悔だらけになってしまうものだから。
ところで、ボー・BJ・ジングルズさまも
【或る日の出来事】内「ブロークバック・マウンテン」で言及なさっているが、イニスのラストの台詞を字幕であのように訳したのは、「言いすぎ・限定しすぎ・ポジティヴすぎ」であろう。あの台詞の解釈は、観る側の想像にゆだねてしまうほうがよい。
それにしても、出演者は誰もが巧かった。ミシェル・ウィリアムズとアン・ハサウェイについては前述した通りだし(しかし、アンにブロンドは似合わない。せめて眉も金髪に染めるべきではなかったか)、イニスの娘やジャックの母親(この女性は、息子とイニスの関係に気づいていた、と私は思う)も、登場シーンは少ないのに、しっかりとこちら側の印象に残る。端役に至るまで、丁寧に上手だった。
イニスを演じたヒース・レジャー(1979年生まれですよ。若いんですよ……)、「静」の演技に説得力があったね。これまでのヒースの印象って、どちらかというと「動」だったから、よい意味でびっくり。『カサノバ』の日本公開が楽しみになってきた。ところで、彼とミシェル・ウィリアムズは婚約して、娘も生まれているそうだ。
ジェイク・ギレンホール(1980年生まれですよ。嗚呼……)の目力には驚いた。あの流し目。あの妖しくも露骨な視線。すっごいなぁ。ここ最近のエロエロ目力大王はピーター・サースガード様だと勝手に決めつけていたのだけど、ジェイクの目力は、サースガード様に負けるとも劣りませんよ。ギレンホールの出演作は『ムーンライト・マイル』しか観たことがなかった(多分)上に、おまけに、どんな役柄だったのかまったく憶えていないのだが、ほかの出演作もちょっと観たくなってきたな。『ジャーヘッド』や『プルーフ・オブ・マイ・ライフ』と、出演作続いているものね。
観た日:2006年4月28日(金)@シネマライズ