ごはんの支度をしながら、気の合う映画を想うのが好き。字書き屋・香ん乃がお贈りする、インフォメーション・シネマ感想文・雑記など。
2006/02/26 22:24 『ベルリン、僕らの革命』を観たよ。
「長かった……。もしかして、3時間くらいあったのかな」と、なんだかぐったり疲れつつ、観終えたあと、この作品の上映時間を調べてみたら、……126分。嘘でしょ、そんなに短かったの?
『ベルリン、僕らの革命』
原題:"DIE FETTEN JAHRE SIND VORBEI"
英題:"THE EDUKATORS"
参考:ベルリン、僕らの革命@映画生活
2004年・ドイツ/オーストリア・126分
監督・製作・脚本:ハンス・ワインガルトナー
製作:アントニン・スボヴォダ
撮影:ダニーラ・ナップ マティアス・シェレンベルク
音楽:アンドレアス・ヴォドラシュケ
出演:ダニエル・ブリュール ユリア・イェンチ
スタイプ・エルツェッグ ブルクハルト・クラウスナー 他
舞台はベルリン。ヤン(ダニエル・ブリュール)とピーター(スタイプ・エルツェッグ)は、「贅沢」を罪として、革命を起こそうとしている。「エデュケーターズ」と秘密裏に名乗っているふたりは、連夜、留守中の裕福な豪邸に忍び込んで、泥棒はせずとも、明らかな「侵入の証」を残して、富裕層に警告をし続けるのだった。一方、ピーターの恋人のユール(ユリア・イェンチ)は、莫大な借金を抱えていた。自らの過失で起こした交通事故が原因により、自分よりも遥かに金持ちである人物のために、少なくない保険金を支払い続けねばならないのである。
『グッバイ、レーニン!』や『ラヴェンダーの咲く庭で』を観て、惚れに惚れてしまったダニエル・ブリュールの主演作ということで、無条件に観た。
決して、つまらなくはないのだ。嫌いでもない。青春真っ只中に生きる青い若者たちの暴走や葛藤を描いたこういう物語って、ジャンル的に私はとてつもなく好きだから。ただ……、前述したように、ひたすら長く感じられた。観ているあいだに、かなり中だるみを覚えて疲れた。淡々とした描写を比較的好む私が中だるみを感じてしまったということは、多分、この作品の構成や時間枠的な意図と相性が悪かったせいだと思う。
ピーターの彼女であるユールが、ふとした数日間をきっかけに、恋人の親友・ヤンに惹かれていく。この際のユールの心的移り変わりは、とても現実的で自然に、加えて、ゆるやかに美しく表現されている。たとえば、そのひとつとして、ごく日常の夕食にヤンがユールを誘うのだ。特別でもなければ、気負ってもいない、「毎日の、あたりまえの食事のひとつ」を共にするという情景は、とても生々しく、温かく、親近感を芽生えさせるものである。また、この食事を、ヤンは当然のごとく「自分で、普通に、さりげなく」作った。生活臭にあふれた雰囲気の中、男がごく当然のように料理をするという行為は、女にとってはかなり共感とときめきに値する出来事なのではないか。料理、というか、「家事」を、女に頼らずともできる男、そして、たとえ結婚や同棲をしたとしても、「家事」を女にべったりと寄りかかったりしない男(まあ、本作のヤンは、まだここまでの段階ではないとはいえ)。そういう男って、魅力的なだけでなく、すこぶるセクシーでもあるのだよ。
設定も、匂いも、手ごたえも、本当、好みでないわけではないのだ。ダニエル・ブリュールの存在が、私の嗜好に多大に影響した可能性は否定できないとはいえ。ただ、何度も言ってしまうけれど、中だるみがつらかった。あと味がほんのりと甘くて心地よかったからこそ、中盤に集中して観られなかったことが悔やまれる。ただ、この映画を観たとき、私はひどく疲れていた。時間的に追われてもいた。だから、時計やアラームとは無縁にゆったりと過ごせる休日にでも、この作品をもう一度堪能してみたいな、とは一応思っている。
観た日:2006年2月25日@自宅にてDVD
『ベルリン、僕らの革命』
原題:"DIE FETTEN JAHRE SIND VORBEI"
英題:"THE EDUKATORS"
参考:ベルリン、僕らの革命@映画生活
2004年・ドイツ/オーストリア・126分
監督・製作・脚本:ハンス・ワインガルトナー
製作:アントニン・スボヴォダ
撮影:ダニーラ・ナップ マティアス・シェレンベルク
音楽:アンドレアス・ヴォドラシュケ
出演:ダニエル・ブリュール ユリア・イェンチ
スタイプ・エルツェッグ ブルクハルト・クラウスナー 他
舞台はベルリン。ヤン(ダニエル・ブリュール)とピーター(スタイプ・エルツェッグ)は、「贅沢」を罪として、革命を起こそうとしている。「エデュケーターズ」と秘密裏に名乗っているふたりは、連夜、留守中の裕福な豪邸に忍び込んで、泥棒はせずとも、明らかな「侵入の証」を残して、富裕層に警告をし続けるのだった。一方、ピーターの恋人のユール(ユリア・イェンチ)は、莫大な借金を抱えていた。自らの過失で起こした交通事故が原因により、自分よりも遥かに金持ちである人物のために、少なくない保険金を支払い続けねばならないのである。
『グッバイ、レーニン!』や『ラヴェンダーの咲く庭で』を観て、惚れに惚れてしまったダニエル・ブリュールの主演作ということで、無条件に観た。
決して、つまらなくはないのだ。嫌いでもない。青春真っ只中に生きる青い若者たちの暴走や葛藤を描いたこういう物語って、ジャンル的に私はとてつもなく好きだから。ただ……、前述したように、ひたすら長く感じられた。観ているあいだに、かなり中だるみを覚えて疲れた。淡々とした描写を比較的好む私が中だるみを感じてしまったということは、多分、この作品の構成や時間枠的な意図と相性が悪かったせいだと思う。
ピーターの彼女であるユールが、ふとした数日間をきっかけに、恋人の親友・ヤンに惹かれていく。この際のユールの心的移り変わりは、とても現実的で自然に、加えて、ゆるやかに美しく表現されている。たとえば、そのひとつとして、ごく日常の夕食にヤンがユールを誘うのだ。特別でもなければ、気負ってもいない、「毎日の、あたりまえの食事のひとつ」を共にするという情景は、とても生々しく、温かく、親近感を芽生えさせるものである。また、この食事を、ヤンは当然のごとく「自分で、普通に、さりげなく」作った。生活臭にあふれた雰囲気の中、男がごく当然のように料理をするという行為は、女にとってはかなり共感とときめきに値する出来事なのではないか。料理、というか、「家事」を、女に頼らずともできる男、そして、たとえ結婚や同棲をしたとしても、「家事」を女にべったりと寄りかかったりしない男(まあ、本作のヤンは、まだここまでの段階ではないとはいえ)。そういう男って、魅力的なだけでなく、すこぶるセクシーでもあるのだよ。
設定も、匂いも、手ごたえも、本当、好みでないわけではないのだ。ダニエル・ブリュールの存在が、私の嗜好に多大に影響した可能性は否定できないとはいえ。ただ、何度も言ってしまうけれど、中だるみがつらかった。あと味がほんのりと甘くて心地よかったからこそ、中盤に集中して観られなかったことが悔やまれる。ただ、この映画を観たとき、私はひどく疲れていた。時間的に追われてもいた。だから、時計やアラームとは無縁にゆったりと過ごせる休日にでも、この作品をもう一度堪能してみたいな、とは一応思っている。
観た日:2006年2月25日@自宅にてDVD
2006/02/26 20:49 おうちでお昼ごはん:2006年2月26日
★ヌテッラを挟んだバゲットのオーヴン・フレンチ・トースト
★ツナとたまねぎの冷たいペンネ
★水菜と焼き油揚げのサラダ
イタリア生まれのヌテッラというスプレッドをご存知だろうか(ちなみに、この食品の公式サイトはどうやら→こちら。あら、イタリア語じゃなくて英語のサイトだわ)。チョコレートとヘーゼル・ナッツのスプレッドなんだけど、尋常でないくらい美味い。特に、私のような、「甘い物は甘く! 辛い物は辛く!!」という、なんでもかんでもメリハリの利いた味が好きな人間には、かなりたまらない系。こってりもったりと甘々なチョコレートの中からぷぅんと薫る、これまたこってりてりてりに濃ゆいヘーゼル・ナッツの風味。そのこってりパワーにふさわしい、100gあたり528kcalという恐ろしさ。……なので、自分を甘やかすときにしか食べない。ほかには、「今日は脳をたんまり使うぞ!」っていう仕事の日の朝食としてパンに塗ったりとか、原稿のド修羅中にスプーンで直接すくって舐めたりとか。
今日は、自分を甘やかす日。耐熱容器でたまごと牛乳とバニラ・エッセンスとお砂糖を混ぜたら、その中にヌテッラをぶ厚く塗り挟んだバゲット・サンドウィッチをぼちゃぼちゃ漬け込んで、キャラメル・クランチ(製菓材料コーナーに売ってる。あると結構便利)をふりかけて、160度のオーヴンで30分湯せん焼き、……しただけじゃ、中まで火が通らなかった。天板のお湯を捨ててから、温度を180度にあげて、もう15分。これでやっといい感じ。次に作るときは、最初から180度にして、湯せんはなしでやってみよう。
ペンネの調味料は、マヨネーズ、粒マスタード、鶏がらスープの素、塩、黒胡椒。
水菜と揚げのサラダの調味料は、レモン汁、みりん、オリーヴ・オイル、ごま油、お醤油。油揚げは、お醤油でつけ焼きにしてから刻んだ。
★ツナとたまねぎの冷たいペンネ
★水菜と焼き油揚げのサラダ
イタリア生まれのヌテッラというスプレッドをご存知だろうか(ちなみに、この食品の公式サイトはどうやら→こちら。あら、イタリア語じゃなくて英語のサイトだわ)。チョコレートとヘーゼル・ナッツのスプレッドなんだけど、尋常でないくらい美味い。特に、私のような、「甘い物は甘く! 辛い物は辛く!!」という、なんでもかんでもメリハリの利いた味が好きな人間には、かなりたまらない系。こってりもったりと甘々なチョコレートの中からぷぅんと薫る、これまたこってりてりてりに濃ゆいヘーゼル・ナッツの風味。そのこってりパワーにふさわしい、100gあたり528kcalという恐ろしさ。……なので、自分を甘やかすときにしか食べない。ほかには、「今日は脳をたんまり使うぞ!」っていう仕事の日の朝食としてパンに塗ったりとか、原稿のド修羅中にスプーンで直接すくって舐めたりとか。
今日は、自分を甘やかす日。耐熱容器でたまごと牛乳とバニラ・エッセンスとお砂糖を混ぜたら、その中にヌテッラをぶ厚く塗り挟んだバゲット・サンドウィッチをぼちゃぼちゃ漬け込んで、キャラメル・クランチ(製菓材料コーナーに売ってる。あると結構便利)をふりかけて、160度のオーヴンで30分湯せん焼き、……しただけじゃ、中まで火が通らなかった。天板のお湯を捨ててから、温度を180度にあげて、もう15分。これでやっといい感じ。次に作るときは、最初から180度にして、湯せんはなしでやってみよう。
ペンネの調味料は、マヨネーズ、粒マスタード、鶏がらスープの素、塩、黒胡椒。
水菜と揚げのサラダの調味料は、レモン汁、みりん、オリーヴ・オイル、ごま油、お醤油。油揚げは、お醤油でつけ焼きにしてから刻んだ。
2006/02/26 03:20 『バッド・エデュケーション』を観たよ。
「イイ男と美少年大集合祭り開催中」、……みたいな映画。
『バッド・エデュケーション』
原題:"LA MALA EDUCACION"
参考:バッド・エデュケーション@映画生活
2004年・スペイン・105分
監督・製作・脚本:ペドロ・アルモドバル
製作:アグスティン・アルモドバル
製作総指揮:エステル・ガルシア
撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル フェレ・マルティネス
ダニエル・ヒメネス・カチョ ナチョ・ペレス
ラウル・ガルシア・フォルネイロ ハビエル・カマラ 他
ある日、若き映画監督のエンリケ(フェレ・マルティネス)に来客があった。幼い頃、神学の寄宿学校で日々を共にしていたイグナシオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)だ。当時、ふたりは友情を越えた感情をいだき合っていた。現在は俳優をしているというイグナシオは、一編の脚本をエンリケに差し出し、「役が欲しい」と言う。『訪れ』と題されたその脚本は、彼らの自伝的な内容で、エンリケは映画化を決意した。しかし、撮影が進むにつれ、イグナシオの危険な秘密が明らかになっていき……。
もじゃもじゃのヒゲ面、女装、男とのHシーンなど、ガエルくんの七変化を観られる。ファンには嬉しい、……のかもしれない。私は彼のファンではないけれど、「ガエルって巧いんだ」と実感できた初めての映画ではあった。
ガエルに負けず劣らず、フェレ・マルティネス(ナイワ・ニムリと共に『アナとオットー』の主演を務めた俳優だ)もすこぶる美しい。美しいといえば、少年時代のエンリケとイグナシオを演じたラウル・ガルシア・フォルネイロとナチョ・ペレスも美麗ったらない。
そして、こういったきらきら綺麗な男たちと太ったおじさんの絡みが展開されるから、妙に生々しいリアリティがあったりもする。
オカマさんを多用したり、同性愛を扱ったりっていうのは、アルモドバル監督のお家芸のようなものだと思う。シリアスなサスペンスなのに、「楽しく創ったんだろうなぁ、監督」と、観ていて何度も思っちゃった。そういえば、この作品での映画監督・エンリケは、アルモドバル自身の投影でもあるようで、半自伝的な物語ともいえるらしい。
複雑で緻密なストーリィではあるけれど、混乱や極度の錯綜に陥らせない上手な構成になっている。観ていて飽きはしないし、物語に対して単純に好奇心と興味をいだける。また、色彩がすばらしい。どのシーンにも「色」が豊富なのだが、だからといって視覚的に騒々しくはない、適度ながらも鮮烈なバランスなのである。アルモドバルの一連の作品はもちろん、スペイン映画を観ていると、色彩の豊かさと使いかたの巧みさに感嘆することが多いような気がする。最近観た作品では、『靴に恋して』や『死ぬまでにしたい10のこと』もそうだった。
役者から背景から小物からインテリアから、なにからなにまで目に美味しい作品である。ストーリィも単純におもしろい。ただ、感動や共感の衝動には、ほとんどかられなかった。たいして胸に染みなかったのだ。おそらく、この監督にしては心理描写に乏しかったせいではないかと思われる。同じくアルモドバルの監督作品『オール・アバウト・マイ・マザー』のように、登場人物たちの心の内側を、もっと克明に、よい意味で泥くさく掘りさげてくれていれば、個人的には嬉しかったのだが。
観た日:2006年2月25日@自宅にてDVD
『バッド・エデュケーション』
原題:"LA MALA EDUCACION"
参考:バッド・エデュケーション@映画生活
2004年・スペイン・105分
監督・製作・脚本:ペドロ・アルモドバル
製作:アグスティン・アルモドバル
製作総指揮:エステル・ガルシア
撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル フェレ・マルティネス
ダニエル・ヒメネス・カチョ ナチョ・ペレス
ラウル・ガルシア・フォルネイロ ハビエル・カマラ 他
ある日、若き映画監督のエンリケ(フェレ・マルティネス)に来客があった。幼い頃、神学の寄宿学校で日々を共にしていたイグナシオ(ガエル・ガルシア・ベルナル)だ。当時、ふたりは友情を越えた感情をいだき合っていた。現在は俳優をしているというイグナシオは、一編の脚本をエンリケに差し出し、「役が欲しい」と言う。『訪れ』と題されたその脚本は、彼らの自伝的な内容で、エンリケは映画化を決意した。しかし、撮影が進むにつれ、イグナシオの危険な秘密が明らかになっていき……。
もじゃもじゃのヒゲ面、女装、男とのHシーンなど、ガエルくんの七変化を観られる。ファンには嬉しい、……のかもしれない。私は彼のファンではないけれど、「ガエルって巧いんだ」と実感できた初めての映画ではあった。
ガエルに負けず劣らず、フェレ・マルティネス(ナイワ・ニムリと共に『アナとオットー』の主演を務めた俳優だ)もすこぶる美しい。美しいといえば、少年時代のエンリケとイグナシオを演じたラウル・ガルシア・フォルネイロとナチョ・ペレスも美麗ったらない。
そして、こういったきらきら綺麗な男たちと太ったおじさんの絡みが展開されるから、妙に生々しいリアリティがあったりもする。
オカマさんを多用したり、同性愛を扱ったりっていうのは、アルモドバル監督のお家芸のようなものだと思う。シリアスなサスペンスなのに、「楽しく創ったんだろうなぁ、監督」と、観ていて何度も思っちゃった。そういえば、この作品での映画監督・エンリケは、アルモドバル自身の投影でもあるようで、半自伝的な物語ともいえるらしい。
複雑で緻密なストーリィではあるけれど、混乱や極度の錯綜に陥らせない上手な構成になっている。観ていて飽きはしないし、物語に対して単純に好奇心と興味をいだける。また、色彩がすばらしい。どのシーンにも「色」が豊富なのだが、だからといって視覚的に騒々しくはない、適度ながらも鮮烈なバランスなのである。アルモドバルの一連の作品はもちろん、スペイン映画を観ていると、色彩の豊かさと使いかたの巧みさに感嘆することが多いような気がする。最近観た作品では、『靴に恋して』や『死ぬまでにしたい10のこと』もそうだった。
役者から背景から小物からインテリアから、なにからなにまで目に美味しい作品である。ストーリィも単純におもしろい。ただ、感動や共感の衝動には、ほとんどかられなかった。たいして胸に染みなかったのだ。おそらく、この監督にしては心理描写に乏しかったせいではないかと思われる。同じくアルモドバルの監督作品『オール・アバウト・マイ・マザー』のように、登場人物たちの心の内側を、もっと克明に、よい意味で泥くさく掘りさげてくれていれば、個人的には嬉しかったのだが。
観た日:2006年2月25日@自宅にてDVD
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