ごはんの支度をしながら、気の合う映画を想うのが好き。字書き屋・香ん乃がお贈りする、インフォメーション・シネマ感想文・雑記など。 
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2005/12/24 00:50    『過去のない男』を観たよ。
 なんとなく好き、こういう温度の映画。ちょうどよいぬるさのお風呂みたい。しみじみ心地よいの。

『過去のない男』
原題:"MIES VAILLA MENNEISYYTTA"
参考:過去のない男@映画生活
2002年・フィンランド/ドイツ/フランス・97分
監督・製作・脚本:アキ・カウリスマキ
撮影:ティモ・サルミネン
出演:マルック・ペルトラ カティ・オウティネン
   ユハニ・ニユミラ カイヤ・パリカネン 他

 ヘルシンキの公園で、暴漢に身ぐるみ剥がれて負傷した男(マルック・ペルトラ)がいた。彼は記憶を失っており、自分の過去をなにも憶えていない。親切な一家に助けの手を差し伸べられた彼は、海辺のコンテナで貧しくも穏やかに暮らし始める。ある日、救世軍がおこなっている食事の配給に並んだ彼は、そこで働くイルマ(カティ・オウティネン)という女に出逢い……。

「幸福」というものの基準が、とてもシンプルな物語である。登場人物のある女が、このような台詞を言った。「うちは恵まれているの」と。その恵まれている女の暮らす場所はコンテナ(倉庫)で、水道や洗濯機はなく、夫は低所得者である。それでも、負け惜しみや厭世的な感覚とは無縁に、妻はごく自然に心底からといった様子で「恵まれているの」と微笑しながら言うのだ。子供たちが元気で、夫に仕事があって、住むところがあるから幸せだ、と。そして、この一家の隣人は「金持ち」なのだという。というのも、隣人は洗濯機を所有しているのだ。とはいえ、その隣人だってコンテナに住み、洗濯機は電動ではなく手動の品である。……私たちの一般的な感覚からしたら、まずコンテナに住んでいるという時点で、貧しさやみじめさが連想されるだろう。しかし、この作品に生きる人々は哀れには見えず、それどころか、安穏としていて温かく、「幸せそう」なのである。

 繰り返しになってしまうが、「幸福の基準」が本当にシンプルに描かれているのだ。たとえば、給料日の1杯のビール、大切な人や家族と聴く音楽、眠る前のラジオ番組、デートの前にいつもよりもちょっとだけ念入りに施す化粧 ― そういった事柄から、幸福感がじんわりとにじんでくる。娯楽や物体にあふれた生活を送っている私たちが麻痺した、幸せのオリジナルがここにあるような気がした。

 物語は呆れるほど淡々と進んでいく。映画の雰囲気から登場人物の容姿に至るまで、すべてがこれ以上にないくらい地味だ。観る人の好みによっては、退屈極まりない作品であろう。なので、他者へ勧めるつもりは毛頭ない。ただ、私にとっては、美味しい滋味となって心を潤してくれた映画である。

 不勉強で、今までに観たことのあったカウリスマキ兄弟の作品は、兄のミカ・カウリスマキの『GO!GO!LA.』1本しかなかった。弟のアキの作品に触れたのは、今作が初めてだ。各所のレビュー等を読むと、『過去のない男』はアキの作品の中でも少々異色のおとなしい映画のようだが、カルト的魅力があるという過去の作品群もぜひ観てみたくなった。

観た日:2005年12月10日@自宅にてDVD